「あのCFOは、単なる経理屋だから」
最近またこの言葉を頻繁に聞くようになってきた。
厳しい言葉である。しかしこれは、経理の知識が不要だという意味ではないと考えている。
英語には、bean counter という表現がある。文字通り「豆の数を数える人」、すなわち細かな数値の集計など、過去取引の処理にばかり時間を費やす人を揶揄する言葉である。
「単なるbean counterになるな。」
CFOへの戒めとしても使われるこの言葉は、数字を正確にまとめるだけでなく、その数字を踏まえ、経営に何を示し、何を判断できるかを問うている。
アカウンティングは、企業が行った取引を財務諸表に表し、そこから企業の特徴や戦略を読み解く仕事である。どちらかといえば、過去と現在の情報に焦点をおく。
ファイナンスは、どこに資金を投じ、どこから必要資金を調達するかを考え、将来のリターンを予測し、企業価値を評価する仕事である。
CFOには、CEOの戦略パートナーとしてファイナンスに長けることが期待される。
だからといって、「アカウンティングよりファイナンスが大事だ」と結論づけるのは早い。
内部統制が問われれば、会計や統制への対応力が重視される。投資家への説明が問われれば、投資とリターンを語る力が重視される。どちらに光が当たるかは、時代の要請によるところが大きい。
実際、SOX法の導入時にはCFOは法への対応力が必要だという記事が新聞等をにぎわせていた。一方、株主への説明責任が強く問われる局面では、経営の視点から投資とリターンの関係を説明できる力が求められる。
それでも、事業の実態を理解し、資金の使い方を判断するという仕事は変わらない。アカウンティングかファイナンスかという二者択一では、その仕事を十分に説明できない。
財務諸表に表れる数字は、単に取引を足し合わせただけのものではない。
いつ売上を認識するか。資産の価値をどう見積もるか。将来の損失をどこまで織り込むか。そこには、会計上の判断が含まれている。
同じ利益額でも、成り立ちが違えば意味は違ってくる。数字ができる過程を知らずに結果だけを眺めていれば、その違いを見落とす。作成過程や勘定科目の性質への理解が、財務諸表を読み解く力を支えている。
CFOが会計処理を自ら行う必要はない。しかし、判断の前提を確かめ、必要な問いを立てるだけの知識は要る。会計を知ることと、bean counter であることは別の話だ。
問題は、会計に詳しいことではない。その知識を、経営の判断に使わないことである。
ファイナンスは未来を扱う。だからといって、過去の数字から自由になれるわけではない。
私たちが将来を語るとき、それまでの実績は、すでに未来の選択肢を規定している。
何に資金を使ってきたのか。どの事業が利益を生み、どこに資金が滞っているのか。その蓄積が、次の投資に使える資金も、引き受けられるリスクをも左右する。
過去と未来は、別々の専門家に任せれば済むほど、綺麗に分かれてはいない。
CFOに必要なのは、アカウンティングとファイナンスをつなぎ、経営の選択肢を示す力だ。
「数字はこうなりました」で説明を終えるのか。
「この数字を踏まえて、何を変え、何に資金を投じるのか」まで踏み込むのか。
「あのCFOは単なる経理屋だから」という言葉は、その違いを問うているのだと思う。
私にはそれが、「頼むから過去数値の整理だけで終わらないで欲しい。」という期待に聞こえている。
著者: 松橋 香里
初出:2018年/2026年10月加筆修正
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