
日本企業が関わるM&Aが、2025年に5,115件と2年連続で過去最多になったという。2026年の上半期も、同じ期間として過去最多だった。
企業が投資に動くこと自体は、悪い話ではない。ただ、この数字を見て「日本企業も変わってきた」と安心する前に、確認しておきたいことがある。
ここで目を向けたいのは、買収を成長戦略に位置付ける企業の、その後である。
5,115件という数字は、何を数えているのか。投資を決めた件数である。その投資によって、価値が生まれた件数ではない。
この区別を曖昧にすると、投資後に経営の関心は次の案件へ向かう。実行した投資が何を生んだかは、問われないままになる。
投資を決めるまでには、多くの人が関わる。事業部門が計画をつくり、財務部門が数字を確かめ、専門家が調査する。経営会議で議論し、取締役会で承認する。
これだけの手間をかけて決めたのだから、決まった瞬間に達成感が生まれるのは当然だろう。問題は、その達成感である。
承認を得るまでが仕事になっていれば、承認を得たところで仕事は一区切りになる。次の案件が来れば、人も時間もそちらへ移る。投資は始まったばかりなのに、組織の関心は次へ進んでしまう。
ここで「最後まで責任を持とう」と呼びかけても、あまり解決にはならない。承認を得ることが成果として扱われている限り、人は承認を得るために働くからだ。
もちろん、投資した後も報告は続いている。毎月の売上、利益、予算との差異。取締役会にも資料が上がる。だから、誰も見ていないわけではない、と言いたくなる。
では、その報告を受けて何を判断しているのだろうか。
買収時に見込んだ顧客は、本当に獲得できているか。利益の増加は、期待した相乗効果によるものか。それとも、市況や為替に助けられただけなのか。
計画に届かなかったとき、実行が遅れているのか。そもそもの見立てが間違っていたのか。ここが分からなければ、数字を受け取っていても、投資判断が正しかったかは分からない。
売上が増えたという事実と、その案件に投資してよかったという結論の間には、まだ説明すべきことがある。「報告を受けています」は、その説明にはならない。
種をまいた日を、収穫の日と呼ぶ人はいない。ところが、経営ではそれに近いことが起きる。
買収を実行した。資金を調達した。投資枠を使い切った。いずれも重要な出来事ではある。しかし、それをもって成功とするなら、お金を動かしたことが成果になってしまう。
ウォーレン・バフェットは、2008年の株主への手紙で、師ベンジャミン・グレアムから教わった言葉を紹介している。
価格とは、支払うもの。価値とは、手に入れるもの。
Price is what you pay; value is what you get.
価格を支払った事実は、取引が終われば確定する。では、その価格を上回る価値を、何に見込んでいたのか。
投資額は数字で示せる。一方、「成長への貢献」や「競争力の強化」が成果として表れるまでには一定の時間を要する。投資時点ですべてを数字にできるわけでもない。
だからこそ、その投資で何を得ようとしていたかを明確にしておく。決めた人が去っても、投資は残る。期待した成果が曖昧では、続ける理由も、やめる根拠も失われる。
投資を決めるときには、金額や条件を細かく詰める。それなら、同じ日に、次のことも決めておくべきだろう。
何が、いつまでに、どうなれば、この投資は成功なのか。その変化を誰が確認し、想定と違ったときには誰が判断するのか。
必要なのは、未来を正確に当てることではない。予想が外れたときに、何が外れたのか分かるようにしておくことである。
顧客の需要を読み違えたのか。実行する人材が足りなかったのか。期待した相乗効果に無理があったのか。それが分かれば、手を打てる。
そこまで確かめて初めて、一つの投資の経験を、次の判断に生かせる。
M&Aの件数が増えれば、検証すべき判断も増えていく。報告は上がってくる。数字も確認している。では、投資を決めたときに期待した価値は、生まれているのか。
その問いに答えられるところまで、投資を見ているだろうか。
著者: 松橋 香里
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